子どものつどい「モチつけた!モチたべた!」
                         H.21.12.25

 今年最後の子どものつどい。

 私が子どもの頃、暮れになると、どこの家からもモチをつく音が聞こえたものだ。今は、久しく見られなくなった。そのモチつきをしようと住職が主張。大変なのは分かっていたのだが、とにかくやってみたい(わがまま)の一心で、実施することになった。私達がのんびり考えているにもかかわらず、仏壮、仏婦の人達がいろいろ心配して下さって、積極的に推し進めてくれたことは、有難いことだった。 

 臼と杵は、子ども用の杵もあると言うことで、公民館で借りることができた。当日は、まさに適材適所のスタッフ30人の人達が配置され、モチつきが始まった。60代後半から70代のスタッフにとっては、懐かしさもあって子供達以上に夢中になっていたようだ。
 少しつけてから、子ども達も順番に子ども用杵でついていく。初体験の子ども達も活き活きしていた。
 つきあがったモチは、手際よく板に乗せられ婦人会の人達によって細かくちぎられ、、からみモチ、あんモチ、黄な粉モチが、作られていく。子ども達もワイワイと並びおかわりの連発。三臼目は、あん入りモチ、角モチをおみやげ用に作り、子ども達もスタッフもお土産で分けた。
 

 暮れの行事として、忙しい中にも、思い出に残る餅つき会であった。スタッフから、来年も元気であればまたやりましょう野声が聞かれたことで、心を強くした。来年もよろしくお願い致します。ご協力ありがとうございまし

               凧上げ、凧作りも
                みんな楽しかったようです。
 通夜は、施設の方々が中心に集まった。霊安室であったので、20人ほどのスペースが人でいっぱいになった。ほとんどの職員が涙を流し、お別れした。葬儀は拙寺で行われたが、予想を超える70〜80人の方々が参列された。ある方が、新聞にでも載せていたら、この数では済まないよといっていたことが、頭に残る。Hさんの明るい人柄と地域への貢献が、結果として現れたものと思う。
 Hさんには、「ぼうぼうやん」という通称があった。葬儀後にそのことが話題になった。Oさんが、「ぼうや、ぼうや」ということから「ぼうぼうやん」に変化したという説明をしてくれたが、諸説あるようで、はっきりとしたことは分からない。知的障害を持っていたHさんであったが、73年を地域に生き、地域を支えた人生に「あっぱれ」と讃えたい。
 ありがとう、Hさん。
                                合掌
 
 追;Hさんのお棺には、自前でそろえ、興がのると身に着けて踊った三度笠等が入れられた。仏様の世界で今頃は、陽気に踊っていることだろう。
〜子どものつどい
   <キッズサンガ>を終えて〜
            H.21.9.1

 今夏のつどいで15年目を迎える「弘教寺子どものつどい夏・15」
 8月22日(土)32名の子ども達が参加して、にぎやかに開催することができました。29名を越えるスタッフ、仏壮・仏婦の会員のご協力のお陰で実施できたことを感謝致します。
 
  本山では、親鸞聖人750回大遠忌の法要事業として全ヶ寺にキッズサンガ(子どものつどい)を結成することを目標としています。
 私達の寺では、坊守を中心に多くの方々のご協力、ご尽力によって毎年実施してきています。15年前は年一回だったものが、5年前には春夏の年2回になり、今年より年6回の実施を目標に進めています。幾つもの寺行事のある中、一歩一歩歩みを進めるように無理せず重ねてきた子どものつどいです。


 この前のつどいのことでした。終了間際の最後のお勤めのとき、お念珠を出すよう目の前の子に促すと、「出したくない!終わりにしたくないから。」との返事。この子にとってそれだけ楽しい集いだったのかと嬉しくホッとしたものです。集いを通して子ども同士やスタッフとのかかわりの中で、感謝の心や思いやりの気持ちが育ってくれたらと願うばかりです。


   いつでも入会自由ですので、
     是非、ご参加ください。
          H.24.5.3(木)

 冬の寒さで、つつじの花がうまく咲いてくれるか心配でした。自然はうまくできているものだとつくづく思います。4月下旬の暖かさ(夏日)でみるみる蕾が大きくなり、5月のゴールデンウィークには見事に庭に彩りを添えてくれました。ホッとしています。
 私自身、寺を継いだことで、花と深く関わってきました。関わらなくてはならなくなったという方がふさわしいかも知れません。仏前のお花、客殿のお花を生けることや庭のつつじの管理など。日常花に触れていますと、花のある生活の大切さを強く感じます。日常生活の中ではなくても足りるものですが、「花を添える」「花がある」と喩えられるように、花が空間にあることによって、豊かさが生まれます。
 近年日本社会では、合理化、効率化が叫ばれ、無駄を無くすための努力がされました。お茶やお花を学ぶ若い人が、極端に減ってしまいました。パソコンなど就職に有利になるものを学ぶ方が得であるという考え方が、あるように思います。お花を習っても何も利益となるものを生まないという考え方かも知れません。まさに合理化、効率化の波を受けたことなのだと思います。しかし、昨今の経済の低迷する中で、企業は、生き抜いていくため合理化を図り、リストラ、解雇、派遣社員の採用など、より一層厳しい社会状況の中、生活の余裕は生まれないように思います。
 「ムカデの悲哀」というお話があります。ムカデを棒に上らせると、ただひたすら上に向かって登り、先端に至ってもまだその上を目指して上ろうともがくといいます。ムカデの習性なのでしょう。その話を書かれた先生は、地に下りて、自由に歩き回ることを勧めています。
 かつての日本は、貧しい国でした。しかし、その時代にあっても日本人は花を大切にし、生活空間に彩りを添えていました。心の豊かさは、物が豊かであってもなくても
変わらないと思います。
< 花に出遇う >
元旦会のご挨拶

 「老いに向かう」
                       2013.1.1
 高齢化社会が、急速に進んでいます。
2012年12月30日付上毛新聞の記事によれば、県内の人口は現行199万2556人から2035年には169万9000人に減少し、65歳以上の人口比も4人に1人の比率から3人に1人にと、より一層の高齢化が進むことが予測されます。
 これから「老いに向かう」私達にとって、どう老いを生きていくかを考えていくことが、大切なのではないでしょうか。


 宗祖親鸞聖人は、承元の法難(念仏弾圧)によって、35歳で越後(現上越市)に流罪となりました。ご赦免の後、43歳でご家族と共に関東の地に赴かれ、常陸の国(現茨城県)で稲田を中心に教化執筆に励まれます。やがて、63歳の年に京都上洛の決意を固めます。聖人の晩年は、お念仏のみ教えを後世に伝えるための精力的な日々であったと思われます。例えば、「正像末和讃」85歳、「唯信鈔文意」85歳、「尊号真像銘文」86歳のご文があり、88歳まで執筆を続けられたようです。
 90歳ご往生の折には、
「世事をまじえず ただ念仏して息絶え終わんぬ」
と文書に残されておりますように、往生の間際まで、しっかりとした意識を持っていらしたと思われます。
 聖人のような強靭な精神を持つことはできませんが、私達も何か目標を持つことによって、老いを超えていく生き方が見いだせるのではないかと思います。

 日野原重明先生(聖路加国際病院名誉院長)は、百歳記念として出版された『いのちを育む』の著書で、
「これからの65歳以上の老人は、15歳〜64歳までの生産年齢人口世代の世話になるのではなく、積極的に社会活動に携わり、医学の進歩とセルフケアに努めることによって、社会の生産力として、健康で生き生きとした人生を送らなければなりません。」と書かれています。
 また、高齢化社会の現代、70歳まで生きるのも稀なことではなく、むしろ百歳を古稀として、7掛け人生を歩むことが、妥当ではないか。そして、「75歳になってからでも、自立した心で勇気をもち、夢を追って行動する」という『新老人』を提唱されております。
 7掛けの人生ですから、今60歳の方は42歳と考えて生きるということでしょう。こうした考えで人生を歩めたら、精神的に自立して、大いに夢を描き老いに向けて積極的に歩んでいくことができるのではないでしょうか。
 
 親鸞聖人の晩年の積極的な人生に学び、お念仏の声高らかに生き生きと歩む年にしたいものです。              合掌


慶賀新年

2013年

お寺で遊ぼう! キッズサンガ 2013

                         H.25.8.24(土)
 第19回弘教寺夏の子どものつどいが、終了しました。夏のお盆の参拝、婦人会例会、子どものつどいと忙しく過ぎ、ホッとしています。
 19年前参加してくれた子ども達も今は、30歳前後となっています。お父さん、お母さんになっている当時の子どもたちもおられることを考えると、やがて二世の子ども達も来てもらえるかと思ったりもしています。
 当時から活き活きと働いてくれていたスタッフも高齢となり、終了後に集まった方々の表情にも疲れが見えていました。本当にご苦労様でした。
 昨年、本願寺新報の取材を受けて話題となった「ミテゴザル」の紙芝居を今年も田中鐵郎さんに上演してもらいました。戦争の悲惨さを子どもたちは感じ取ってくれたと思います。
 51名の子ども達が参加し、スタッフ20名、お母さん方10名とがわいわい広場(スマートボール、ストラックアウト、輪投げ、金魚すくい、びっくりシャボン玉、駄菓子屋など)に集まり、スイカ割りで盛り上がり、楽しくにぎやかな子どものつどい(夏フェスタ)でした。
第19回 弘教寺子どものつどい・夏
スイカ(西瓜)ができたぞ!
                H.22.8.25
 
 弘教寺の東玄関脇の生垣の片隅から八月上旬、ツルがドンドン伸び、黄色い花を咲かせました。葉の形を見て、幼い頃の体験からスイカのツルだとすぐ分かりました。
でも、実が、まさかなるとは思いませんでした。先端に近いところの実が、みるみる大きくなり、今では直径25cmのりっぱなスイカに成長しています。昨年の「子どもの集い」のスイカ割りの時、みんなで食べたスイカの種が、自然に成長し実をつけたものと思われます。

 スイカを見つけると不思議なもので、触ってみたくなるようで、幾つもの指紋がついています。2、3日前に、触らないように看板を置き、毎朝の成長のかんさつを楽しみにしています。



 「このスイカ、食べられるかねーぇ。」
「あかくなるかねぇー。」と、弘教寺の仏壮・仏婦のみなさんや子どもたちの関心の的となっています。こんな猛暑の日々、気持ちを爽やかにさせてくれるスイカくんです。

 弘教寺にいらした時、是非ご覧になって下さい。
≪8月14日≫
隠れています。
≪15日≫
浮いてます。
≪16日≫
砂利が痛そうなので、コウヤマキの枯葉を敷きました。
≪20日≫
枯れ草も敷いて、落ち着いてます。
≪25日≫
触った痕も広がりながら、大きくなってきました。

< 弘教寺スイカ農園情報 >
                         H.22.9.1

 大きなスイカが間もなく収穫期を迎えようとしております。でも、どの時期か?初めてのことなので、スイカをたたいて音を聴いたり葉やツルの状態を見たり、結局分からず、もう少し様子を見てみようということになりました。
「農園情報」としたのは、なんと第2、第3のスイカの実が大きくなりつつあるからなのです。特に第2のスイカは、ソフトボール大になってきました。

 今日、NHKの番組「あさイチ」で、食べた野菜の種から野菜を育てる、ということをやっていました。ミニトマト、小ねぎ、キャベツ、ピーマンなど家庭でも育てられ食べることができると言うので驚かされました。

 我が寺のスイカも同じこと!と、ウキウキしてきました。食べた野菜・果物のいろいろな種を育てること。これからやってみたいと思います。
 皆さんもキッチンからの家庭菜園を試してみてはいかがでしょうか。

 次回はスイカの味や形がどうだったか、ご報告したいと思います。
第2のスイカ ; バケツの上に座っています。
第3のスイカ ; 成長がやや遅い?


<弘教寺スイカ農園情報A>
スイカが採れました。
                    H.22..9.9

 今朝、弘教寺スイカ第1号の収穫をしました。
ずっしりした重さに喜びを感じています。
 早速本堂の御仏前にお供えし、スイカを切るまでお供えしておくことになりました。門徒の皆さんもこのスイカを見て、さぞ、驚くことと思います。
 是非、見に来てください。
 第2号スイカも順調に成長を続け、今は、ハンドボールの玉程度になってきています。秋に向かっているこの時期、成長してくれるかが、心配です。
計量結果、
7kgで
した。
<弘教寺スイカ農園情報B>
スイカを食べました。
                       H.22.9.12
 やはり、ご門徒さんたちにもびっくりのスイカでした。
10日の仏婦フラダンスチームの練習日。
本堂でお参りする目の前に、大きなスイカ!!
「これが、アレですか!この前見せてもらった、庭にできた・・・スイカ!?」
「すごい〜・・・ 大きくなりましたねぇ。」
仏婦の皆さんが、口々に驚くので、その度説明し一緒になって感嘆の声を上げました。

 9月12日、家族そろった夕食時に切ってみることになりました。坊守が切ってみたところ、赤く美味しそうな中身が現れました。皮の白い部分は少し厚めでしたが、果肉は、みずみずしく新鮮な香りがしました。
バンザイ!の心境です。初めに長男が試食。とても甘いスイカであることが確認できました。
みんなで食べ、幸せな一時を過ごしました。
 
 第2号のスイカも今は、バレーボール大に育ってきています。楽しみに見守りたいと思います。
  お盆を参拝して
             2011.8.18(木)

 猛暑の中、今年もお盆の参拝を終えることができた。
故郷をめざして日本国民の大移動があった。
 近年、若い世代の方が、家族旅行などで参拝を断るケースが多かった。でも、今年は何となく、統計を取ったわけではないが、父母の家にいたり自宅にいたりする場合が多いように思えた。
 テレビ番組でお盆の過ごし方の調査結果をたまたま見たが、自宅または親元(故郷)で過ごした方は、4割(一部の集計ではありますが)に達したという。
 東日本大震災の影響か。家族の絆の大切さに気付いた結果なのかと感じた。
 これからも年に一度は故郷に帰り、墓参をし、先祖や故人を偲び命の大切さや家族の絆を確かめ合う機会を持ちたいものである。
 ここから、2011年(平成23年)です。
お待たせしました。「住職の聞いて!見て!」再開です。


      ー蓮の花に思う
                   H.20.7.28

 数日前のこと、太田市へ法務に向かう途中、蓮田を目にしました。休耕田に青い蓮の葉とピンクの花が一面に広がり、それは見事なものでした。早速、帰りに立ち寄り、携帯カメラでカシャカシャ撮ってみたのが、右の写真です。
 衣姿の私を見つけてなのでしょうか、車を止め、話しかけてこられた主婦の方がいました。
 
 蓮の花のほとんどがピンクなのに、右奥に高く一本だけ白い花が咲いておりました。何か意味があるのですかという質問でした。さらに、その方は昨年お父さんをなくされたそうで、生前にお父さんは、蓮の花の中にいる夢をよく見たというのです。
 
 仏教では、蓮の花は、泥田の中から清浄な花を咲かせることで、たびたび、「悟り」の象徴として語られます。中でも、「白蓮華」は、特に「悟り」を表す花として説かれることをお話させていただきました。目の前の白い蓮の花は、たまたま白の種が入っていたので白い花を咲かせたのでしょう。 でも、お父さんが、蓮の花の夢を見られたことは、素晴らしいこと。きっと今は仏様の国に行っておられることでしょうとお話し、その場を失礼しました。
 
 蓮の花は、仏事に関係することが多く、日本では、縁起の良い花とは思われてはいません。しかし、東南アジアの仏教国では、結婚式のお祝いの花として使われているようですし、日本に来ている中国人の留学生が、大学の恩師の誕生日に蓮の花を贈ったことを聞いています。
 仏教徒である私たちは、蓮の花に対する認識を新たにして良いのかもしれません。
ー寺の木々ー
                H.20.12.24

 大正時代にできたと言われるつつじの庭。春、花の咲く季節には、寺に出入りする方々ばかりでなく道行く人も足を止めて、楽しんでくれます。
 その季節以外では、庭の木々を誉められることが多いのです。


<黒松>

 大正期、庭を造る時に、太田市の金山から大八車に乗せて運んで来たと、母がよく言っていました。
 門を入ると、「いらっしゃい。ようこそ。」と迎えてくれる大きな松。「亀甲の紋様がはっきりと出てくるのは、樹齢180年を過ぎたものでないと。」と、以前植木屋さんが言っていました。弘教寺の黒松は、200年は経つものと思われます。梅雨時、日が射すと、枝のあちこちでコケが活き活き緑色を輝かし、とても素敵な状態になります。

 我が寺、庭一番の場所に鎮座です。
<イチョウ>

 庭で一番背の高い木です。
今年は銀杏(ぎんなん)が、空前の豊作。報恩講法要で参拝者の皆さんに差し上げたり、バザーで販売したりと、豊かに実ってくれました。落ち葉の片付けは大変で、冬の大仕事の一つです。
<玉ヒバ>

 庭に2本あります。
門徒の皆さん、お分かりですか?
これも、今は東京にお住まいの川村さんのご先祖が贈って下さったものと聞いています。
 先日も植木屋さんが、「こんな大きな玉ヒバ、見たことないね。」とお茶を飲みながら見上げていました。
 考えてみれば、私が幼少の時から、それほど変わっていないようにも思えます。周りのイチョウや建物の大きさで小さく見えるので、目立たずに居るのかも知れません。

 我庭の特に目立った木々を紹介しました。

ーホッと・・・そっと・・・ー
                  H.21.6.3

 体調不良もあって、この欄しばらくお休みしてしまいました。
 6月に入り、庭の紫陽花も色付きはじめました。古い庭にはよく見られますが、どくだみの花が、我が寺にもあちこち白い花を遠慮がちに咲かせています。 一輪挿しなどに活けるのもいいですよ。梅雨入りも間近ですが、気持ちをホッとさせてくれます。
 
 今日、法事に訪ねたお宅で帰り際、荷物を持って送り出してくれたお嬢さんが、悲鳴を上げました。130cmほどのヘビ(青大将)が、入り口付近にいたのです。私自身、幼い時から見慣れたヘビなので、不思議に驚きよりも懐かしさの感動がありました。害を及ぼすヘビではないので、そっと逃がしていただくようお願いし、帰路に着きました。 
 元気に生きぬいてほしいものです。

                    『昔は良かった』     H.20.2.2

 1月の14日〜16日まで、本山のご正忌法恩講に参拝致しました。ご門主様は15日の大逮夜法要後に参拝の皆さんにお言葉を述べられました。
 印象に残ったのは、「昔は良かった」と笑顔で仰った言葉です。参拝者からも笑い声が出ましたが、現実に本山や所属の寺々のかかえている将来を苦しくも述べられた一言として受け止め今出来ることをより一層進めなくてはと、寒さも加えて身の引きしまる(太っておりますが)思いを持ちました。
                                      


             「趣味」 ー書の世界ー     H20.2.25

 仕事柄、筆で字を書くことは多く、そのせいか書はどうしてもカタい字になってしまいます。バザーを機会に遊びの字を書くことにしました。利き手の右手ではカタくなるので、左手でほとんど書いています。力が要所に入らないので、おもしろい書になります。硬めの筆を使うとかすれて、もっとおもしろい書になります。
 皆さんも是非やってみて下さい。落款を1つ作っておくと生きた作品になりますよ。

              『バザーの会に寄せて』      H20.2.25

  講談会も忙しく終了。ホッとしているところです。
 当日、会場には、弘教寺開催2回目となるバザーを設けました。東側2部屋をバザー会場にして、婦人会のエコクラフトの皆さんの作品(非売品を含む)や販売品、授産施設の石鹸、台ぶきん、焼き菓子など、多数が並び、私も拙い書の作品を並べさせていただきました。
 よそのバザー会場にも負けない立派な会場となりました。と同時に頭をよぎるのは、こんなにたくさん用意して売れ残ったらどうしようという不安な思い・・・・・
 でも、でも、たくさんの方が、開演前、中休み、終了後と芋の子を洗うように来て下さって、たちまちのうちに完売するものも出てきて、あー良かった。
 今度もまた、やるぞーの思いを強くした1日でありました。
 お買い求めていただいた皆さんに、感謝申し上げます。
いのちがいっぱい!
                H20.4.10

 定期検診で、血糖値が基準を越え、薬を飲まなくてはとお医者さんに言われ、「待ってください。減量しますから!」と、約束して一ヵ月半。止めていた早朝散歩をすることになりました。
 私のコースは、境の町の東側を流れる早川の堤防に沿ったサイクリングロードです。一時間ほど歩いています。菜の花があたり一面に咲き、とてもよい香りを放ち、ウキウキとした気持ちになります。川面には、鴨が餌をあさったり、ゆったりと浮き遊んでいます。ときどき、カエルがゲロゲロと鳴いています。自然がいっぱい!いのちがいっぱい!生きていることを共有し、お念仏しながら、歩いております。
 お陰さまにて、4月の検査では、正常値にもどりました。これからも、お天気の良い日は、早朝出かけたいと思います。
 皆さんも歩いてみませんか。
  ー念仏奉仕団に参加しましたー
                  H.20.6.17
 
 6月4〜6日に群馬組の皆さんとともに、本山の念仏奉仕団に参加しました。 
 聞法会館に私どもの団体も含め、300人の奉仕団が集合すると、その数の多さにびっくりしました。
 一日目は、悪天候の状況から、総御堂の600畳余りの雑巾がけ。一人、畳2枚の割り当てです。一所懸命に拭き上げ、すぐに終わってしまいました。二日目は、午前中聞法会館と堀川通りの間の歩道に沿って、草取り。これも300人が一斉にすることで、たちまちに清掃作業を終えることができました。ご門主様のお言葉をいただいたり、鴻之間の抹茶接待や国宝飛雲閣の拝観など、普段味わえない、とても充実した参拝奉仕でした。
 
 蓮如上人は、門信徒のたしなみとして、年に一度の本山への参拝を仰っていらっしゃいます。本山をより身近な寺とする上でも、今後も念仏奉仕団を続けていきたいものです。


         『 趣 味 』
 住職の趣味の1つに活花があります。寺に来る門徒さんにも好評です。流派にこだわらず楽しいので活けています。花屋さんで、らっぱすいせんを見つけました。春の花らしいので好きです
    Hさんを追悼する
                            H.21.12.12
 11月末、大変お世話になっていたHさんが、往生された。
門徒であるHさんは、今では懐かしくなったリヤカーを自転車で引き、寺の生ごみや危険物を無償で片付けてくれていた。地域のあちこちの家を回りボール紙等を片付けてくれた。地域で、なくてはならない人であった。あまり好きな言葉ではないが、知的障害を持っていたことで、昼間授産施設に通い、朝と夜、片付け作業をしていたわけだから、とにかく働き者であったと言える。Hさんが、入院中も大変お世話になった前施設長のOさんは、以前、「Hさんが、私達の目標です。」と言われたことがある。障害を持つ人々が地域でどのように自立できるかは、関わっているものの大きな課題といえる。

2017年 (H.29)
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 ”落語って楽しい”--D.S.Diary--

 息子たちの近況をすこしばかり・・・ 
近所のおそば屋さんで、2ヶ月に一回の割で落語を10年以上続けています。2人とも行きたいというので、1月28日(月)夕方家族4人で参加。落語の話が子供に分かるかなという不安を払いのけ、大人顔負けの大声で笑っておりました。落語家の皆さんも将来大事なお客さんということで歓迎してくださり、色紙をいただきました。「また行きたい!」が二人の帰ってからの感想でした。
 


年頭にあたって
 編集をしている皆さんから、住職の法話を載せるのもいいけれど、日常思ったり、見たりしたことを載せてみてはということから、この欄が出来ました。何をどう書けばと迷っておりますがいろいろな思いや風景をそこに入れられればいいと思います。ご意見もいただければ有難いです。
                                         


                         2017年1月3日(火)

 平成29年(2017年)の新たな年を迎えました。本山では、24代即如ご門主から
專如ご門主へと法灯が継承され、昨年10月より伝灯奉告法要が、全国の門信徒が参拝する中厳修されております。高齢化少子化が全国各地で加速している現状のなか、新ご門主の多難な船出といえましょう。
 我が寺のことをお話ししますと、昨年は婦人会が、結成45周年を迎えることができました。発足以来、前住職が往生した月を除き、毎月欠かさず例会を持つことができました。会員の寺に通い、法を聞くという強い思いに後押しされての結果だと考えます。有り難いことです。
 また、今年は、仏教壮年会結成20周年を迎えます。隔月年6回の例会を休みなく持つことができました。秋には、結成20周年の式典が予定されております。15名程度の会員から出発して、今では登録会員46名に及び、毎回の例会にも35〜40名の方々が参加し積極的、活動的な会となっております。
 仏教(宗教)の多難な時代を迎えておりますが、過疎化(少子・高齢)の中、現状を変えていくことは大変なことですが、多難という時代だからこそ今やらなくてはならないことがあるように思います。一番大切なことは、「信頼」関係を築いていくことであると思います。「この寺は温かい。」「故郷(我が家)に来たようです。」と言ってくださった門徒さんが、おられます。いつでも「ようこそ。」とお迎えし、「来ましたよ。」と遠慮なくいらっしゃることのできる寺をめざし、歩んでいけたらと願っております。幸い子ども達も仏門の道を歩み始めてくれておりますので、坊守ともども今ひと踏ん張りしていきたいと思います。
 門信徒皆々様の慈光に照らされた、より豊かな日々を願い、年頭の所感と致したいと存じます。
                                  称名
どくだみ

侘び助
 Hさんの地域の人々は、時にはおかずを差し入れたり、日用品を持っていったり、言葉をかけてあげたりと、Hさんをよく理解し支えてくれた。Hさん自身も朝夕、生ごみや危険物、ボール紙等をボランティアで集めて、地域を支えた。一方向でないことに「目標である」ことの所以(ゆえん)がある。
             住職の聞いて!見て!  

 得手不得手に関係なく、
花を活けてみませんか。
そこにきっと何か見えてくるものがあるように
思います。